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むらかみはるき『一人称単数』かんそうぶん。 [本]

もちろんネタバレで行きますよ、感想文なので。

何か村上春樹の短編集を読むのは久しぶりな感じがする。最近出ているかどうかは別でただ単に読んでいないのかもしれない。熱心な村上春樹ファンとは言えないな。最近、近くの地区センターから借りてきて済ませているし、村上さんの懐にはお金は入らないので、彼にとってはいてもいなくてもいい存在なんだろう。

そんな中途半端な村上春樹ファンなのだが、見かけたものはすぐ買う時期もあった。最初の金のなかった時期は古本屋で買っていたりした。暇な時間があるときには、金がないという傾向があるので、わりとお金を使っていない気はする。




さてとネタバレ感想ですね。「一人称単数」という題名の本ですが、最後の短編が同じ名前のものになっていて、それがあまり後味が良くない。村上春樹の短編っぽい気はするが、書き下ろしなのにちょっとがっかりな感じだ。わりと短いし。たまにスパイスとして短編にこういうのが入っているのだけれど、どうも慣れない。


・石のまくらに

なんか知らないけど女の子とすんなりSEXできる、という村上春樹の定型文みたいな短編。ただ、女の子が短歌集を送りつけてきて、それをずっと大事に持っていて、あのとき寝たあの子はどうなったんだろうなと考えているってのは割と好きです。なんというか、小説版の「ティファニーで朝食を」みたいに今頃はアフリカで飛び回っているんじゃないかみたいなポジティブな感じじゃないけど、昔の人を思う系の話は何か無条件にしみじみしてしまう。歳のせいか。


・クリーム

これも村上さんっぽさが強いですね。普通の知らない場所で異次元を見る的なちょっと歪な空間。昔の知人の女の子から送られてくる招待状からの、閉じられたホール。キリスト教の宣伝車にもすがりたくなるような心細さ。四阿(これで「あずまや」なんて読めない)で、ありえないことを考えさせようとする老人。色々、何かのメタファーになりそうなことばかりなのだが、そこまで難しいことはない。これを読みにくいと思った人は、村上春樹の長編はちょっとしんどいかもしれないと思った。


・チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ

あまりジャズのことは知らないのだけれど、バードの偉大さというか村上さんの入れ込み様がわかる。ジャズを聞いていれば、チャーリー・パーカーは外せないのだろうが、カウボーイ・ビバップのジェットさんみたいにゲーテの格言を吐く想像のチャーリーみたいに、妄想のチャーリー・パーカーを作り出すことはよくすることなのかもしれない。ボサノヴァがその頃に流行っていたというのは年からして知らなかったのだが、あの曲調はあんまり好きじゃないので別にどうでもいいや。


・ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles

大筋として、ビートルズのジャケットを持った女の子の話と、付き合っていた女の子のお兄さんとの話があるんだけど、特にビートルズの話はなくてもいい話のような気がした。というか、別の話にすべきような気がしたんだけど、一緒にすることによってビートルズの少女の思い出が最大限に引き出せているような感じがしなかった。でも、なんでボケてるぽい彼女の兄貴に朗読せなあかんねん、というところからシリアスな話に入っているところは面白い。わりと引き込まれる。

長い時間が経った後、兄と再会するのも村上春樹っぽいのだが、そのときにガールフレンドが結婚後自殺するというところも村上春樹っぽかった。何も殺す必要はないと思うのだが、印象を残すのに人を自殺させるという手法は使いすぎだと思う。まぁ好きだった人が自殺するとか心を震わせるものはあるのだが、多用されると効果的ではなくなるよね。確かにお兄さんから妹が一番好きだったのは自分だと告げられたら、本人から言われるよりかグッとくるけど。

前から思っていたのだけれど、村上春樹で関西弁が出てこないのはすごく不自然。だからこの短編はしっくりきている。ノルウェイの森で全く関西弁が出てこないのは嘘やろという気持ちになっていたのだが、直子と関西弁でやり合っていたりしたら、あの小説の雰囲気がぶち壊しになりかねないなと思ったりもする。軽い関西弁が小気味良い。


・「ヤクルトスワローズ詩集」

本当に出したことがあるのか疑問だが、多分あるのだろうと思われる「ヤクルトスワローズ詩集」。デレクハートフィールドのようなでっち上げを普通にするから用心しなければならないのだがw。ほぼ同人誌なのだが、自分のところには二冊しか残っていなくて、今たくさん持っていれば高く売れたのになというジョークが好き。基本的に村上さんはみみっちくはないのだが、たまに見せるこういうところが好き。なんかね、人格が面白い(おかしいではなくおもしろい)。小さい時にタイガースのファンクラブに入っていないと周りからいじめられるというのがすごく笑った。当時はそういう差別的なことが横行していたのだ。

本自体は短編集なんだけど、これはエッセイのようになっている。ただ本のことを書く短編という二重構造になっていて、それはそれで面白い気はする。なかなか自分の書いた本のことなんて書いたりしないからね。ともすると言い訳になってしまうだろうしね。

というか、ヤクルト・スワローズの前身がサンケイ・アトムズだったなんて知らなかった。しかも、鉄腕アトムのアトムらしい。それならば知っていそうなものなのだけれど、オリックスが近鉄バファローズだったぐらいの昔しか知らない。まぁ20年以上年が離れていれば当然か。わりと最近の長編でも、そんなこと若い人たちは知らないよというギャップが結構あったりして、村上さんもおじいちゃんなんだなと愕然とする。その愕然は自分も歳をとったという意味で。


・謝肉祭(Carnaval)

これはわりと秀逸な短編。クラシックはほとんど聞かないのだが、シューマンの謝肉祭の面白さがわかるという面白いものになっている。そして醜い女というわりと人に平等な村上さんにしては随分な言い方なんだけど、それが逆に光っている。この本の中では一二を争うぐらい良い。ノルウェイの森で長沢さんと女の子のスワッピングをしているところがあって、そこでブサイクの方が良かったと言う時ぐらい、何かしっくりきたものがあった。美人が何か足りなくて不幸になっている描写とかもわかる気がした。大きな展開はなくとも、その状態を書くだけで面白く何かを納得させられるのはすごいと思う。


・品川猿の告白

たまに擬人化された動物が出てくるよね、村上ワールド。しゃべる上品な猿が美人の名前を盗むという、なんとも荒唐無稽な話。村上春樹の初期の頃の長編っぽい。ただしメタファーみたいなものは基本的にないと思う。難解でもない。以前にも品川猿みたいなネーミングをどこかで聞いた気がするんだけど、村上春樹じゃないかな。新宿鮫っぽい書き方で、なんとか猿みたいなのをどこかで見た気がするんだけど。


・一人称単数

先にも言ったが、本の題名になってはいるけれど、後味があまり良くなくてすっきりしない。それも本の最後だから気になる。音楽CDのアルバムで、表題名の曲があまり面白いものではないことが多いのと同じように、ここでも正直素晴らしいかと言えばそんなに素晴らしくはない。そういう時もあるよね、という気持ちにはなるけど、そんな日はたくさん来てほしくはないな。

あとアルバムとかで表題名の曲しか良くなくて、他の曲はどうでもいいってのもあるよね。ただ単に、どちらでもないアルバムが記憶に残らないだけなのかもしれないけど。




今、海辺のカフカを読みながら、この短編を読んでいる。海辺のカフカ自体はそこそこ前に描かれたものだけれど、読みあぐねて他の本を先に読んでしまった。なんで読まなかったかはよくわからない。手元にあるといつでも読めると思って読まないんだよね。でも、たぶん実際には買っていなかったっぽい。探せば出てくるかもしれないけど、結構奥の方に埋蔵されてしまっているようだ。

最近、少しずつ発掘断捨離を続けているのだけれど、昔のように本が売れなくなったので(ブックオフには無料で献上することになってしまう)、ちり紙交換車に出してゴミとして処理するしかないんだよね。ブックオフは宗教団体の資金源になっておるようだし。関係者じゃないので寄付する義務はない。


コメント(1) 

コメント 1

nicnicshii

あと表紙が写実寄りのマンガっぽくて、本当に村上春樹なのか?とちょっと思ってしまった。
by nicnicshii (2021-12-14 09:19)