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村上春樹の多崎つくるを今さら読んだ。 [徒然]

長編としてはまだ一番新しいのかな「色彩のない多崎つくると、彼の巡礼の年」。
感想を言うのでネタバレをします。でも、内容はこれだけじゃわからないでしょう。

 
のっけから主人公の死にそうな状況。おいおい、これじゃノルウェイの森よりかひどいじゃないか。仲良くしていた友達が訳も分からず絶交されるのは確かに痛いな。というか、今回もメンヘラ娘が死ぬ。しかも、その子が発した狂言で、見た目も中身もズタズタにされる。

女の子もレイプされて絞殺されてかわいそうだなとは思うけど、なんで主人公に擦り付けるか意味が分からない。まぁ意味が分からないところにあまりにも深い闇(月並みな言い方だけど)があって、そこのところはノルウェイの森と変わらない。まだノルウェイの森ではキヅキ(だったっけ?)の死が直接関係していて、PTSDだか統合失調症などで幻覚が出てたので、物語的にはわかりやすかったのだけれど、今回は悪霊とかいう言葉にして未解決事件で終わってしまっている。病気の暗闇を好む悪魔なのかもしれないが、そういうものを好んだか知らないけど請け負ってしまう人すら出てくる。

ノルウェイの森の時のメンヘラの女の子と似たような展開なんだけど、精神病者は遅かれ早かれ死ぬみたいな事を言っているようであまり気持ちのいいものではない。ただノルウェイの森の直子は主人公が直接会っていたけれど、多崎つくるの方は完全拒絶で、その延長で他の人からも拒絶されるという引きこもりになっても仕方ない状況。その代り自分を好きだった女の子が病気の看病を全部ぐらいかぶる。ある意味逃げたと言っているけど、つくる君が拒否されるのも病気を面倒見るのも同じくらいダメージを受けたことだろう。実際、クロの話を聞いている分には、家族以外の他人がしてあげること以上の事をしていたと思う。

誰だったか有名な精神科の先生が、医者の中にも患者の精神の泥沼に引き込まれる事もあると書いていた。だから、クロが引いて結果的に外国に行けたのはラッキーだったと言える。村上春樹がどう考えているか知らないが、精神病の多くが予後が悪いとみているんだろう。一番多い精神疾患で外に継続的に関連施設に行っている人間が三割に満たなくて、仕事しているのが一割未満とか、自治体の情報を見たことがある。かなりまえーに調べたから数字は違うかもしれないけど、世界でも特別な施策をしていないところ以外は大して違わないんだろうな。

精神病患者の言う事を鵜呑みにしてしまう文化ってのもあるし、大体は変だと思って周りの人に知られないように、蔵とか土蔵に入れられて一生を終えたり、狐憑きみたいに扱われたんでしょう。少し昔はそれこそ拘束具を付けて動かないようにしたところもあっただろうし、今でも病気によってはそうせざるを得ない人もいるんでしょう。今はだいぶ通院するだけで済む人も増えたらしいけど、正直障害者が多いバス路線を乗っていたりすると、この人は一人で出歩いていいんだろうか、と思える人も少なくない。本人に対してもいいとも思えないし、周りの人の迷惑さも言わないだけで相当なストレスになっている事も多いみたいだ。知的なのか精神的なのかはわからないけど、社会全体に重い重圧を与えているのは確かだろう。人道的であれ、余興的であれ、人を一人生かしておくのはただでさえ大変な事なのだ。

ともあれ、精神病はパーセンテージとしては結構高いのを調べて驚いたことがある。ある病気は胃潰瘍よりか多いという話で、胃潰瘍が思ったよりも少ないにしても、名前を知っている病気ってのはメジャーなわけで、多くはないかもしれないけど、一般的であることには違いない。だから、精神に深く下りていくようなのも多い彼の作品としては、その問題に直で行くのはいろいろ危険な気もする。深くコミットしてしまうとあまりに具体的にならざるを得ないし、そこは本気で取材してしまったら、それこそ帰ってこれなくなる可能性だってあるわけで。


ともあれ、ガールフレンドの強い勧めで、色彩がある人達と会いに行くわけだけど、ほぼみんな成功することができて、16年だかの固執は案外簡単に解けてしまう。会うまでが大変だったわけだけど、やっぱりすぐにはお互いに会う事は無理だったんだろうなという事は想像に難くない。少なくともシロが死んでしばらくするまでは会う事は出来なかっただろう。つくるくんは一時、全部かぶったわけだけど、ひとりひとり全員が分担したと言っていいのだろう。一番かぶったのはつくるくんで、その次がクロ。シロはかわいそうだと思うけど、今考えても何でつくるにそれを背負わせたのかが分からない。精神病の錯乱ってのがあらぬ方向にいってしまうって事なのだろうか。まぁ病気なんだから整合性が合わないことも歪んでしまう事もあるのだろうな。

しかし、つくる君が駅フェチなのが面白かった。それもノルウェイの森の特攻隊みたいで韻を踏んでいる感じがした。ガールフレンドが他の男と楽しそうに歩いているのを見るのとか痛すぎるな。緑色のワンピースとかだったと思うけど、何となく青山あたりを手をつないでいる楽し気な感じが、かなりのダメージが来そう。クロには女には聞いてほしくないこともあるから、訊いちゃだめだよって言われてたけど訊いちゃうんだよね。分かる気はする。


タイミング的にいろいろ自分に重なるところがあって、やはりその年になるとぶつからないといけない事は似たことが出てくるって事なんだろう。ノルウェイの森にしても、大学生になる前から20代を終えるまで何回か読んだ。本はたくさん読む方ではないけれども、何となく本が誘うように手を取らせるのだ。そういう導きは人生を感じさせるものだったし、今も影を落としかねない事に対しても向かい合わないといけない人生なのかもしれない。考え込んでしまう人間だし、考えずに進むと押しつぶされてしまう気がする。実際、押しつぶされてしまった時もあった。でも、死んでしまうほどではなかったし、そこまでヤワじゃなかったのか、無神経なのかはわからないけれども、考えていた割には戻ってこれない事はなかった。

僕はつくるくんみたいにいきなりドツボに入ったりそこから飛び出たりしてなくて、少しずつボロボロに摩耗していく感じなんだけど、それにしては年々楽観的になっている気がする。状況は少しずつ暗くなって、年々問題は増えていくだけなんだけど、見ないようにしているだけかもしれないw。

特に村上春樹は大体読んでいる。主人公の年代が被ると影響も大きいね。出版した時期も、舞台とする時代も違うのに、年齢が近いとこんなにもコミットするものなのかと感じる。というか本には同時代性ってのは思ったほど重要じゃないのかもしれない。過去の名作が名作であるのは、時代性に頼り切っていないからなのだろう。これからもいい作品に出合えればいいな。多崎つくるは、読みやすいし、共感を得やすかった(僕は、だけど)。

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